 ドスン。いきなり何かで頭から右耳にかけて殴られたような感覚。痛い。思わず、手で耳元を払う。…熱い。臭い。まさか!?アイバンは大笑いした。頭の上に落ちてきたものは、リスのフンだった。フンなどというかわいらしいものでない。大きい。髪の毛とニューヨークで買ったばかりのTシャツが、たった今リスから落とされたもので汚れた。信じられなかった。クリスティもアイバンも今までこんなことはなかったという。大笑いしたアイバンは、それでも濡れたタオルで払ってくれた。 シャワーを浴びてなんとか生き返る。その後、アイバンの家の向かいにあるアイバンのお母さんの家に行く。アイバンのお母さんとは一度ジョージア校のそばのレストランで食事をしたことがある。久しぶりだ。庭にあるカエルの置物を眺めながら、家の中に入る。一階は、キッチンとダンスホールだった。志門塾の教室が2つは入るような大きさ。すごい。2階はベッドルームがあるだけ。こんなにぜいたくな間取りをしていることに驚かされた。犬たちもぜいたくに寝そべっている。アイバンのお母さんとは、短いがいい話ができた。
そうして、ようやくビーチに向かった。日差しは強い。すでに知らない人が、7、8人ボートに乗っていた。頭はつるつるでサングラスをしているおじさん。この人がボートの所有者らしい。麻薬の密売でもしてそうな雰囲気はちょっとこわい。アイバンが紹介してくれる。彼の名前はディムシー。いかにもお金持ちだ。次々に紹介を受ける。水着を着た何人かの女性もまたサングラスをしている。映画のワンシーンにいるような感覚になる。アイバンがいるからいいものの、もし自分一人なら完全に場違いなような気がする。出発前にガソリンを入れる。ペリカンが岸に止まっている。野生かな。「わー、ペリカンだ!」と叫ぶと叱られそうだ。だれもその妙な鳥を気にしない。
真っ青な空と白い雲。風が強いため海には出られないという。ここは海じゃなかったんだとその時初めて知った。ボートがゆっくりと動き出す。こんな個人所有のボートに乗って海(?)に出るのは初めてだ。アイバンが言った。「今日はディムシーがヒデのためにスピード出してくれるって。」わくわく。ワクワク。ボートは次第にスピードを増していく。時速80キロで直接風に当たる。「すごい!」じゃなく「すげえ〜!」「すげえ〜!」と何度も叫んだ。こんな簡単な気持ちを表す他の日本語が見つからない。英語で言うと、 “Awesome!”。でも「オーサム」と日本人は叫ばない。夏のミシシッピだ。しばらくすると、旗をいくつも飾った船7、8隻が一列で並んで進んでいるのが見える。速度を落としたボートに揺られ、2階に上がり、アイバンとクリスティとそれら船を眺める。厳かな、不思議な時間が流れる。なぜ、ここにいるんだろう?とふと考える。人と人との出会いの大切さを感じずにはいられない。アイバンありがとう。いろんなことに気を使ってくれて。風が強いため海には出られないが、細長い白浜の小さな島に止まった。アイバンといっしょに海に入り、いかりをひっかけボートを引っ張る。海底にあるかき(牡蠣)の殻で足を切ったようだ。金持ちのアメリカ人たちは、ボートの上で食事の準備をしていた。
みんなビールをかなり飲んでいる。クローフィッシュ(ザリガニ)がメインディッシュだ。段ボール箱に入った数え切れないくらいのザリガニをパクつく。パクつく。ザリガニは手のひらにすっぽり入るくらいの大きさで、よく味がしみ込んでいる。どんな味かを表現するのは難しいが、ミシシッピのお袋の味というところか。バーベキューリブはどこかのスーパーで買ったようだ。ディムシーが勧める。「うまい!」と言ったのが間違いだった。もうザリガニがお腹の中で消化しきれずぶくぶく言っているのに、ディムシーはバーベキューリブを食べろ、食べろと言う。もうこれでもかというほど食べた。砂浜でしばらく昼寝をしてボートに戻る。ボートでは、ディムシー以外のアメリカ人がいろいろ日本のことを質問して来た。こうして話をしていると、そこに住む人たちの生活・世界に入り込んだようで妙にうれしい。
ディムシーは帰りも飛ばしてくれた。港にボートをつなぎ、みんなは帰っていった。アイバンとクリスティだけは、ホースの水できれいにボートを洗う。なんていい奴なんだと思う。しみじみとした気持ちでアイバンを手伝った。家に帰って、3人とも疲れて昼寝をした。夜起きてから、「野菜を食べたい。」と言うとアイバンがお母さんのところへ行ってブロッコリーをもらってきた。玉ねぎとブロッコリーを炒め、ほうれん草のパスタを作ってくれた。食事の後、また寝た。(つづく) |