 今から30年ほど昔の話になりますが、小さいころ私には同じ県営住宅(アパートやマンションのような集合住宅ではなく、平屋建ての長屋でした)に住んでいたK君とS君という2人の幼なじみがいました。 K君は細い体に似合わず明るく元気でみんなからも好かれる子で、S君はがっしりした体格のいかにもやんちゃ坊主という感じの子でした。他にも友だちは何人もいましたが、特にこの2人とは仲がよく、幼稚園に入るよりもずっと前からいつも一緒に遊んでいて、小学校に入学してそれぞれ新しい友達ができたあとも、それは変わりませんでした。私が当時通っていた小学校は各学年10クラスずつ、全部で2500人以上の子どもが通うマンモス校で、K君やS君と同じクラスになれることはほとんどなかったのですが、学校から帰ったあとや休みの日に3人でよく遊んだものです。ケンカをすることもたまにはありましたが、数日後には自然と仲直りしていて一緒に登校しているような関係でした。
それはたしか小学校2年生になったばかりのころでした。ある日バスに乗って3人だけで出かけることになりました。そのころはまだ電車やバスに乗るときは親と一緒のことがほとんどで、子どもたちだけでバスに乗ってどこかへ行くなんてことはありませんでしたから、家を出るときからかなりテンションが上がっていたような気がします。その日僕たちがどこに何をしに行ったかは全然覚えていないのですが、バスの中でのあの出来事だけは鮮明に覚えています。
バスの中では3人ともいつもよりもはしゃいでいて、話もかなりはずんでいました。すると突然、S君がすっと立ち上がったのです。K君と僕はびっくりして、ただS君を見上げるだけです。S君が立ち上がるとき何か言ったようでしたがよく聞き取れません。「どうしたんだろう」と思ってS君を見ていると、それまでS君が座っていた席に見知らぬおじいさんが静かに座りました。僕とK君ははじめきょとんとしていました。話すことに夢中になっていた僕とK君の2人は、何が起こったのか理解するのに少し時間がかかりました。みんなで楽しく話している最中、S君だけが立っているおじいさんに気付き、自分の席をゆずったのです。おじいさんからお礼を言われた時の、口を真一文字に結んで固くなっているS君の姿は今でも忘れられません。普段はやんちゃな彼にあのような一面があるとは、小さいころからずっと一緒だった僕たちにも想像できませんでした。そしてそれは私にとって少なからぬ影響を与えてくれました。バスや電車の中で立っているお年寄りを見かけるたびにあの時のS君のことを思い出して、昔から(今でもそうですが)引っ込み思案だった私が、顔を真っ赤にしながらも自分の席をゆずることができたのです。学校の先生から「お年寄りには席をゆずりましょう。」と教えられるよりも前のことでした。
その後も3人の関係は続きます。S君は体が大きくて力も強く少し気が短いところがあるためか、よく他の子と殴り合いのケンカをするようになりました。ドラえもんに出てくるジャイアンのような横暴さはありませんでしたが、腕力に訴える場面が増えていきました。ある同級生と大ゲンカをしたときに、S君がパチンコでそのケンカ相手に石をぶつけたこともあったようです。私はそういった暴力は嫌いでしたが、それでもS君のことを嫌いにならずにいたのは、小さいころあのバスの中での彼の姿を見ていたからです。そして私やK君が何度かS君のケンカの仲裁に入るうちに、S君も腕力で物事を片付けるようなことはなくなっていきました。
人にはさまざまな出会いがあるといいます。なかには気に入らない人と出会うこともあるでしょう。ですがたとえ相手の嫌な所ばかりが目に付いたとしても、じっくりと付き合って、お互いに良い影響を与え合える関係を築いていけるといいですね。 |